日本のノラ猫の歴史

「ノラ猫」を知らない人はいないと思います。しかし、どうして猫は犬と違って自由に外を歩いて良いのでしょうか?
昔から猫は外を自由に歩いていたといっても、昔とは一体いつからでしょう?

猫は、船の守り神として、書物や穀物を鼠から守る役目として、また愛玩として日本に持ち込まれていますが年代ははっきりしません。しかし平安時代には高価で貴重な動物として紐(リードやハーネス状のもの)で繋がれて飼育されていたようです。
そして江戸時代の浮世絵にも紐で繋がれた猫の様子がいくつも残されています。

つまり、猫は繋いで大事に飼うことが一般的に習慣づいていたようなのですが、徳川家康の時代に鼠害対策として「猫の放し飼い令(繋いで飼ってはいけない)」が発布され、猫たちは解き放たれることになります。この事は、西洞院時慶(1552~1639)の日記『時慶記』にも書かれていることから確かな史実と言われています。
その当時、犬は放し飼いなので、猫が犬に噛み殺されることや迷子になること、盗まれて売買されることが問題になったようです。

1894年(明治27年)には、北里柴三郎氏(新しい千円札の顔になる医学者)が香港でペスト菌を発見するのですが、ペスト菌は鼠が媒介するため猫たちに白羽の矢が立ちます。猫好きと言われる北里氏は「一家に1匹猫を飼う」というキャンペーンを行い猫の飼育(放し飼い)を奨励しました。香港から日本へのペストの感染拡大を阻む目的ですから、港のある横浜では飼育の補助金まであったようです。

大雑把ですが、平安時代から江戸時代までの800年程は高価な貴重品として繋いで飼われ、江戸から明治までの300年程は人の大切な物や命まで守る「益獣」として津々浦々に生息域を広めたと言えます。
大正時代に入り殺鼠剤が普及したことから徐々に猫の役目は薄れますが、戦後1950年(昭和25年)に公布された狂犬病予防法で膨大なノラ犬達が処分され、犬には係留の義務が課せられる中でも、猫は「江戸時代の御触書」を守る形で放し飼いが継続されるばかりでなく、猫のいない島嶼に鼠害対策で大量に子猫を運び込み現在のノネコ問題を生み出しています。
そして、「益獣」だったノラ猫は、大正からの約100年で「厄介者」になってしまいます。

ノラ猫のTNR活動から地域猫活動へ

当協会では1958年の創立当初から附属動物病院にて犬猫への不妊去勢手術を行い、生まれた犬猫を捨てないよう呼びかけていましたが、ノラ猫への不妊去勢手術が劇的に増加したのは1990年頃からです。不妊去勢手術の技術が向上し、小さな切開部で手術が行えるようになったことは大きな要因の一つです。
ノラ猫を捕まえて(Trap)、不妊去勢手術を施し(Neuter)、元の場所に放つ(Return)ことをTNRと言いますが、現在ではかなり知られるようになりました。
殺処分される猫の9割以上が子猫でしたので、殺処分中心の動物行政でしたから「殺されるために生まれてくる命」を減らし、ノラ猫を増やさないためには不妊去勢手術が最も適切な方法ですし、それは今も変わりません。

そして、1999年(平成11年)には横浜市職員だった黒澤泰氏(現神奈川県動物愛護協会常務理事)が「地域猫」という言葉を発案したことで、ノラ猫を処分せずに被害を減らす方向が打ち出されました。
現在は、動物愛護法の改正に伴い行政の殺処分ゼロへの取組みから、ノラ猫への不妊去勢手術補助金もようやく広がりをみせています。

動物達は人の思惑や生活の変化にいつも翻弄されていますが、地域猫活動は、人の我儘で作り出してしまった飼主のいない猫達(ノラ猫)の命を奪うことなく、人との共存を図るという画期的な取組みです。海外のTNR活動では、良い結果が得られていないという報告も目にしますが、海外では日本の様な地域猫活動は実践されていません。

TNR活動と地域猫活動の違い

TNR活動地域猫活動
飼い主のいない猫の繁殖を抑え、自然淘汰で数を減らしていくことを目的に、捕獲し、不妊去勢手術を施して元のテリトリーに戻す活動のこと飼い主のいない猫のいる地域住民が主体となり、不妊去勢手術や給餌、清掃などにルールを決めて管理しトラブルを減らす活動のこと
子猫を産まさない、ノラ猫を増やさないことが目的子猫を産まさない、ノラ猫を増やさないことが目的 地域の環境衛生問題と捉えて、住民のトラブルを解決することが目的
子猫の引取数を減らす→ 殺処分ゼロ
(動物愛護活動)
TNR + 適切な飼育管理
(動物愛護活動と地域の環境衛生改善活動)
住民が関わらなくても可能住民が主体
行政の関わりがなくても可能行政の関わりがなくても可能 行政の関わりがある(認定が必要ではない)
フン害やエサやりのトラブルは減らないルールに基づき適切に世話をするのでトラブルは減る
捕まらない猫の不妊去勢手術がなかなか行えない住民が見守ることで、地域内の全頭手術が早めにできる
捕まらず不妊去勢手術ができない猫がいると3~5年で元の頭数にもどる(最低でも75%の不妊化が必須)継続的な把握と不妊去勢手術の徹底により、新たな繁殖によって増える猫がいない(その間に周辺地域の実施も促す)
ボランティアや愛護団体、個人でもすぐに実行できる
(地域住民が任せきりになるため地域の協力は得にくい)
住民の理解を得るまでに時間がかかるため、すぐに実行できない(住民、行政、ボランティアとの協働)
個人や愛護団体が単発的に行う活動
(初動対策)
地域住民が継続的に見守る活動
(長期的対策)

*TNR活動が始まってから30年、地域猫という言葉が生まれてからはまだ20年です。
屋外での繁殖を良しとしてきた300年、殺処分ばかりの対応だった70年を考えれば、取組みはまだ始まったばかりです。
ノラ猫を増やさず、穏やかな問題解決のために、皆様のご協力をお願い致します。